山小屋が果たしてきた役割

米川岳樹さん

北八ヶ岳・黒百合平に位置する、標高2,400mの「黒百合ヒュッテ」3代目オーナー。八ヶ岳観光協会会長

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今田恵さん

北アルプス・奥穂高岳の稜線にある、標高2,996mの「穂高岳山荘」3代目代表。(公益社)日本山岳ガイド協会理事

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■遭難救助や環境保全――山小屋が担う多様な役割

山小屋は山岳地における宿泊・休憩施設ですが、ほかにも国立・国定公園において、山域や立地により多岐にわたる役割を担ってきました。お二人の山小屋ではこれまでどんなことに携わってきたのか、教えていただけますか?

今田

「穂高岳山荘では、遭難救助が大きな役割としてあります。山小屋の従業員が山岳遭難防止対策協会内の民間救助組織に参加し、近隣で事故が発生すると警察からの要請を受けて遭難者の救助活動を行っています。私たち山小屋の人間にとって遭難救助は、義務や業務というよりも、助けを求めている人がいて自分たちが一番近くにいるから行く、という感覚ですね」

米川

「八ヶ岳の小屋でも、遭難救助は日々の大きな役割です。また、鹿が増えていて、高山植物のために鹿よけネットをあちこちに設置しています。最初の設置作業は地元の山岳会やボランティアの方々と毎年一緒にやっているのですが、その後の維持管理は山小屋の仕事になっています。春にネットを上げて、秋に下ろすというのを毎年、ほかの山小屋さんと日にちを合わせて行っています」

遭難救助の"救助"、や『自然環境保全』、さらに昨今各地で問題になっている『登山道の維持・補修』があるわけですね(登山道については『歩きやすい登山道、その裏側』を参照)。

今田

「宿泊や食事の提供以外のそうした役割は、山小屋の経営に余力があるうちは担うことができます。しかし、経営的に厳しくなれば、どれだけ人やお金、時間を割けるのか。難しい時代になってきていることはたしかです」

八ヶ岳の鹿の食害はかなり深刻だと。

米川

「ある範囲の高山植物を守るためにネットで囲っているのですが、その周りの植物はほぼ食べ尽くされてしまっていて。ネットを張れば守れるけれども、鹿から山全体を囲うことはできません。今後どうしていけばいいのか、先行きが見えないというのが現状です」

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硫黄岳山荘 提供

北アルプスではどんな課題が?

今田

「やはり遭難に関わる問題でしょうか。特に稜線上の事故は致命的なものになるため、『頂上に行きたい』『縦走をしたい』と思ったとしても、天気が悪かったり、自分やメンバーの体調が悪いときには無理をせず、引き返すという判断をしていただきたいです。山小屋が予約制になったことで計画の変更がしづらくなった、ということも少なからずあり、心苦しく思う部分もあります。とはいえ、安全登山が第一なので、いざというときには計画変更をためらわないでほしいです」

今田

「登山届の未提出や登山届にない予定変更によって、遭難時に行方がわからなくなり、ヘリコプターや人力で捜索しても見つからないということが、数年に一度起きています。万が一のときに確実に捜してもらえるよう、行動記録を追えるような仕組みがあるといいのかもしれません」

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■ 山小屋に泊まる付加価値をいかに高めるか

コロナ禍をきっかけに宿泊の事前予約が一般的になりました。オンライン予約も普及し始めましたが、山小屋経営にどのような影響が?

米川

「オンライン予約を導入してからは、電話対応の時間は確実に減りました。無断キャンセルやほかの山小屋との重複予約の対策として、一定の効果も出ています。ただ、その一方で悩ましい問題もあって。黒百合ヒュッテは宿泊日の30日前から予約ができ、良い季節の週末ともなれば予約開始から数分で埋まってしまいます。ところが、1週間前の天気予報で雨マークが出ると、ほとんどがキャンセルになるんです。とはいえ、天気は直前で変わることもありますよね。そうなると、天気は良いのにお客さんがいないね、というさびしい状況になってしまうんです」

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今田

「天気の良い日に登りたいという気持ちからでしょうか、穂高岳山荘では、複数日を重複して予約する方がいます。そういう方にはお声がけをするようにはしていますが、もう少し使いやすい予約システムを作れたらとは思っています」

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コロナ禍以降、宿泊定数を減らす一方で、ヘリコプター料金の高騰、燃料や食品の物価高の影響もあって、宿泊料金は値上がりしています。代わりに山小屋の付加価値を高めていこうという努力を、それぞれの山小屋でされていますよね

今田

「うちの小屋では、たとえば、個室を少しだけグレードアップして、布団を羽毛布団に替えたりしました。今年初めての試みとしては、おいしい登山食を展開するブランドさんとコラボし、専属シェフ監修の特別ランチメニューの提供を行いました。1日限定でシェフに山荘に来てもらい、セレクトしたワインと前菜をお出しするイベントも実施したところ、想像以上の大盛況となりました」

米川

「八ヶ岳では、コロナ禍以前ですが、小学生以下の子供の宿泊料金を無料にする『キッズチャレンジ』というキャンペーンを八ヶ岳観光協会加盟の33の山小屋で実施しました。このキャンペーンをきっかけにファミリーで一緒に登る人々が増えました。現在は小屋ごとに実施しており、協会でまとまってというわけではないのですが、またやりたいという話は出ています」

今田

「若い世代をどう取り込むかは、私たちも重視しています。テント泊や素泊まりの料金はできるだけ上げないようにしながらも、将来的には年齢割引といったこともできないかなと。そのためには簡単に年齢確認ができる仕組みがあるといいな、と思っています」