歩きやすい登山道、その裏側
登山者が安心して山を登ることができるのは、登山口から山頂へと至る道、すなわち「登山道」があるからです。
登山道は、多くの人が山を楽しむために不可欠なインフラです。しかし現在、全国の山岳地で登山道の荒廃や、持続的な維持管理をするための人手・資金不足が大きな社会問題となっています。
このページでは、これまで登山道がどのように維持管理されてきたのかをご紹介するとともに、大切な登山道を守っていくために登山者ができることをお伝えします。

■登山道はどのように維持されてきたのか
日本の自然公園(国立公園や国定公園)における登山道の維持管理は、これまで環境省や地方自治体、さらに林行政機関と連携する民間事業者など、さまざまな主体によって担われてきました。中でも大きな役割を担ってきたのが山小屋です。
中部山岳国立公園(北アルプス)では、山岳利用環境を維持するため山小屋が担ってきた役割を紹介する動画をぜひご覧ください。
北アルプストレイルプログラム 山岳利用環境の維持(山小屋の役割)
それぞれの山小屋は、周辺一帯の登山道が崩れたり、倒木などによって通行困難になったりした場合、従業員が現地に向かい、修繕や補修作業(石を積み直す、倒木を撤去する、ロープを張る、迂回路を作る、など)を自主的に行ってきました。その費用は、行政や地元の関連組織(北アルプス登山道等維持連絡協議会、八ヶ岳観光協会など)からの支出のほか、各小屋が必要に応じて自分たちの持ち出しでまかなっているのです。
山小屋が登山道の維持管理を担ってきた背景には、それまでの歴史や、山小屋を営む者としての責任感があります。
穂高岳山荘・今田恵さん
「ザイテングラートや白出沢をはじめとした山荘周辺の登山道は、北アルプスが国立公園になる前から、祖父である今田重太郎が整備をしてきた道です。自分たちが開いた道ですから、登山道への相応の負担は続けていきたいという気持ちはあります」

黒百合ヒュッテ・米川岳樹さん
「八ヶ岳では、各山小屋が自分の小屋から一番近いピークまでの登山道は面倒を見るということでやっています。黒百合ヒュッテの場合、小屋から天狗岳、中山、ニュウの各ピークまで、下駄房沢鎖沢の途中まで、渋の湯までを見ています。近くに山小屋がない登山道は、まわりの山小屋で協同して維持管理に当たっています」

■直面する課題とは
山小屋の尽力もあって、これまでは何とか登山道を維持できていました。しかし近年、長年の利用によって荒廃が進んでいることに加えて、気候変動による災害級の大雨が頻発することで大規模な登山道の崩壊が毎年のように起こっています。
行政や関連組織の予算は潤沢にあるわけではないので、登山道の整備作業が大規模かつ広範囲になれば、迅速な対応は難しくなります。また、山小屋の経営環境も変化し、ヘリコプターによる輸送費、燃料や食料品など諸物価の高騰の影響もあり、登山道の維持管理にまわせる費用(資材費、人件費など)を捻出することが年々厳しくなっています。
加えて、「金銭面だけでは解決しない問題もある」と穂高岳山荘の今田恵さんは言います。
穂高岳山荘・今田恵さん
「積雪期の整備や白出沢周辺など、周辺の山の自然環境やルートに精通し、道直しができる人材をどのように育成していくのか。それはどの山小屋も抱えている課題です」

■登山道維持のため、登山者ができること
近年それぞれの山域で「持続可能な登山道維持」のための取り組みが行われており、その中心には登山者が参加・協力できるものもあります。
登山道を守るため、登山者ができることとして、たとえば以下のことがあります。
1)登山行動を見直す
「登山道を外れない」「トレッキングポールにキャップを付ける」といった登山行動を見直すことで、登山道の荒廃を防ぐことができます。
2)登山道の状況を報告する
登山道の崩れている箇所、倒木が道を塞いでいる箇所などを見つけたら、位置や状況を山小屋へと伝えてください。すぐに対応できる場合ばかりではありませんが、登山者が情報提供をすることで、登山道の状況を確認・点検する負担を軽減できます。
3)労働力で参加する
山小屋やツアー会社が企画する登山道整備ツアーやボランティア活動に参加することで、労働力の面で貢献できます。
4)費用面で参加する
登山道の維持管理のためのさまざまな協力金制度が設けられています。そこに寄付することで整備費用面での支援ができます。
黒百合ヒュッテ・米川岳樹さん
「どの山小屋もそうだと思うのですが、自分のところだけで広い範囲の登山道を定期的に見て回れるほどの余裕はありません。ですから、登山者のみなさんから『あそこに倒木があったよ』といった情報をもらうだけでもずいぶん助かります。特に大雨や地震のあとは、私たちは自分の小屋のことで精一杯になったりするので、登山者からの情報提供が迅速な状況把握や対応につながります」
これからも安全に山登りを楽しめるよう、利用者である登山者のみなさんもぜひ登山道を維持する活動に参加・協力をお願いします。
